第74話 さて50歳になりましたが
この5月をもって、めでたく?50歳になりましたというか、なってしまいました。人生の半分は経過したかなと思っていましたが、妻からは「いつまで生きるつもり?」とありがたいお言葉を頂きました。確かに日野原先生みたいに、100歳近くまで医者として診療を続ける事はほぼ不可能でしょうが、50歳と言えばまだまだ医者の世界では若造の部類ですので、これからも頑張らなければなりません。
振り返ると開業したのは39歳でしたので、その後の10年はあっという間でした。当時は、どうも肩に力が入っていたように思います。どちらかというと聞く耳を持たなかったようでもありました。やれるというある程度の自信もあったのでしょうが、その自信はあっという間に吹き飛びました。開業初日は13名の患者さんを診察しました。今からするとわずか13名でしたが、自分では100人くらい診察をしたのではないかという程、かなり疲れたのを覚えています。その後もそう簡単に患者数が増えるはずもなく、思いもよらないいろいろな問題が発生しました。診療以外でのトラブルも多く、泣きたくなるような事態も幾度か起きて開業なんかしなきゃよかったと何度思ったか知れません。それでも自分を頼って受診してくださる保護者の方々と子どもたちの笑顔に触れると、弱音を吐いちゃいけないなという気持ちになりました。こんな僕でも頼りにしてくれているのだと思うと、ありがたいなと感謝せずにはおれませんでした。
今でこそ何とか軌道に乗り、最近では肩の力も抜け自分なりのペースが掴めてきたように思います。最近は自分より若い保護者の方ばかりですし、白髪も増えてあまり若造とも見られなくなってきました。それから何よりもいいスタッフに恵まれたことが、今の自分を支えてくれています。元気なスタッフのお陰で、明るい小児科になっているのではないかと思います。妻が途中から診療に参加してくれるようになったのも、自分にとっては大きな力になりました。待ち時間の短縮にも貢献してくれていると思います。
で、50を過ぎてこれからどうなるのかとふと考えましたが、あまり変化のない生活と診療風景が続くように思います。昔は短気で負けず嫌いな性格でしたが、いつの間にか無くなってしまったように思います。それは年齢を重ねたためでもあるでしょうし、経験をつんだからでもあるでしょう。自分の子育てもそろそろ終わりに近づいてきていますので、自分の経験を保護者の方にうまく伝えていければいいなと思っています。子育てなんてあっという間に終わってしまうものです。確かに辛いですし、怒りたくなります。でも、時間は戻ってきませんので若いお父さんやお母さんには是非子育てを楽しんで欲しいと願うばかりです。
昔50歳といえば、かなりおじさんだなと思っていましたが、いざ自分がなってみるとまだまだ若いつもりではいます。ですが、体はややいうことを利かなくなってきましたし、この先のことを考えることも多くなりましたが、多くの先輩小児科の先生が元気にご活躍されております。まだまだ若造が老け込む時期ではありません。薬を必要以上に出さないという信念をこれからも貫き、まだまだ頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします。
【2014年6月】
よしもと小児科 吉本寿美