第87話 受診の対価とは
「受診の対価は処方(薬)ではなく、
診察そのものである」
という文章を当院の診療理念として、このたびHPや院内に掲示しました。いまさらなにをと思われる方も多いかもしれませんが。以前から当院を受診されていらっしゃる方は、薬(特に抗生剤)を出さないというのはご存知かと思います。初めて受診される方は、受診したのになんの薬も出そうとしないので不思議だなとか、不満に思われる場合もあるでしょう。まあ、当院はそんな病院ですので、薬をたくさん欲しい保護者の方は申し訳ないのですが当院を受診されない方がよろしいのではないかと思います。
先日も日赤の救急外来で応援診療していましたら、受診されたお母さんが「耳鼻科の方がたくさん薬を出されるから、すぐ治りますもんね」と話をされました。耳鼻科の先生を非難する訳ではありませんが、薬をたくさん飲んだから早く病気が治るわけではないということを、保護者の皆さんは是非理解して欲しいと思います。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるというような処方は、どう考えてもおかしいと思います。まず、子ども達はそんなにたくさんの薬なんて飲めるわけがありません。
以前、診察をしたお子さんの保護者の方から数日後に怒りの電話を受けたことがあります。「お前が薬を出さなかったから、危なく入院になるところだった。どうしてくれるのだ。」と。お怒りの気持ちはわかりますが、では薬を飲んでいたら(その保護者の方は抗生剤を出さなかった事が不満だったようです)、良くなっていたのでしょうか。良くなっていたかもしれませんが、飲んでいても悪くなっていたかもしれません。僕自身はその時点では抗生剤は必要なしと判断して、処方をしませんでした。このような事態を恐れて、どうしても多くの薬を出すケースがあるのではないかと思います。薬を出さないというのは、実は非常に勇気のいることなのです。
診療理念にも書いていますが、病気を治すのはあくまでもお子さん自身で、僕らはそのお手伝いをしているに過ぎません。薬も病気が治るのをサポートするためのもので、飲めば全てが解決するわけでもありません。薬以外にも様々な処置が病気を治す手助けをしてくれることがあるでしょう。それを指導するのが我々の役目ではないかと思います。なかなか登園中のお子様の鼻水は薬を飲んでも治りません。昔ながらの口での吸引は非常に効果的ではないかと思いますし、ここはお父さんの出番でしょう。
病院を受診したら、必ず薬を貰って帰らないといけないという時代は終わりました。必要なものは飲んでもいいのですが、不要なものは飲まずに経過をみるというのも正しい診療だと思います。日本もやっといろいろな予防接種が定期化され、重症感染症もかなり減少しました。抗生剤は今後ますます不要になってくるはずです。当院はこれからも勇気を持って、「受診の対価は処方(薬)ではなく、診察そのものである」という方針を貫いていきたいと思います。このような考えが広まっていくことを願ってやみません。どうかご理解、ご協力をお願いします。
【2015年7月】
よしもと小児科 吉本寿美